本研究は、スラブ語の最も古い段階におけるアスペクト体系の成立と発展の過程、その機能を、テクスト文法の立場から明らかにすることを目的とする。 資料面からは本研究の柱は3つある。すなわち、1)ギリシア語福音書の忠実な翻訳であると同時にスラブ語の文字資料としては最も古い古教会スラブ語訳福音書、2)成立の年代は若干新しいがスラブ語本来の資料として大きな価値を持つ古ロシア年代記、3)物語的な要素と聖書の説き明かしという2つの要素を含み、きわめて豊かな内容を持つスラブの聖者伝、『キリル伝』と『メトディオス伝』である。 2年間の研究計画の前半は、1)と2)の資料について研究を進めた。すなわちギリシア語と古教会スラブ語訳福音書の本文テクストの厳密な比較・対照作業を進め、特にテンス・アスペクト形式の対応という観点から、両者の関係を整理した。これと並行して、スラブ語本来の書き言葉の成立という観点から、2つの最も重要な古ロシア年代記、すなわち『過ぎし年月の物語』と『ノヴゴロド第1年代記(古輯)』を対照し、両者のテクストの構造と言語的な特徴について研究した。 さらに研究計画の後半は、第3)の資料、すなわち『キリル伝』、『メトディオス伝』の研究に力を注いだ。すなわち、その幾つかの詳述本、簡略本のテクストを詳細に読み、動詞の用法を整理する作業を行った。その結果、古教会スラブ語訳福音書においてはその使用が限定され、一方で古ロシア年代記の言語においてもすでに使用が散発的になっていた現在完了の形式の使用について興味深い知見を得ることができた。しかし、動詞のテンス・アスペクト体系全体についての分析は、現在なお進行中であり、今後なお研究を続けていきたい。
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