本年度は貴族と貴族主義の問題を中心にして研究した(これとの関係で帝政期のロシア・ナショナリズムの問題にも目を向けた)。この問題が重要であるのは、自由民主主義発展の要の位置を占める議会制度の発足に当たって(あるいは政府が議会の創設に踏み切るに当たって)、政府の側からみて信頼でき、また農村を実質的に掌握している地主層の存在がきわめて重要であると考えられるからである。この問題については日本とロシアとの比較が有効な視座を与えると考えられるので、こうした問題のたて方の可能性について考察し、夏に行われたスラヴ研究センターの国際シンポジウムで報告した。 ロシアも日本もイギリスやドイツから地方自治制度のモデルを導入したが、日本においてはこれと殆ど前後して議会制が導入され、本格的な産業革命の時期には既に一定の議会政治の経験を蓄積していたのに対して、ロシアにおいては地方自治制の導入後40年を経て、日本より遅れること15年の後に、しかも革命の結果としてようやく議会制度の導入が実現した。このような相違を生ぜしめた要因は種々ありうるが、一つには、政府と農民大衆との媒介となりうるような地主層のあり方が関わっていると考えられる。こうした比較の可能性を探ることは、ロシア近代史研究に対する日本の研究者の貢献の幅を広げることにもつながる。こうした問題の所在を明確にできたことが本年度の最大の収穫である。 他に、大改革当時の中貴族の利害状況について具体的に明らかにし、そこでイデオロギー的要素(貴族主義)が入り込む余地がどの程度あったかについて検討した。その結果その余地はそれほど大きなものではなく、イデオロギー的な面から中貴族の行動を説明することは必ずしも生産的でないという結論が導かれた。
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