当初予定にしたがって、主に2通りの作業を並行的に進めた。 すなわち、第一に、前年度に引き続き、日米の民間レベルにおける知的所有権紛争に関するケース・スタディをおこなった。取り上げた個別事例の豊富化によって、紛争の全体的なトレンド(製品技術だけでなく製造技術までが問題にされる傾向、米国特許侵害裁判での「均等論」の普及と損害賠償の高額化、ペーパー特許やサブマリン特許の脅威の増大等)をより明確にできたが、それは日本企業の苦境を一過性の災難であるかにみなす一部の論調が根拠を欠いた希望的観測にすぎないこと、ならびに企業まかせでは済まされない制度上の問題に留意する必要を教えるものとなっている。 第二に、知的所有権制度の国際的ハーモナイゼーションについて、歴史的経緯(パリ条約改正問題の推移等)を明らかにした上で、現況の考察、とくにGATTのTRIP交渉とWIPOの特許調和条約交渉における南北間・先進国間の利害対立とその妥協の模様の吟味を試みた。世界的な経済厚生の増大につながる知的所有権制度のあり方を模索することは、ポスト冷戦の世界秩序形成にとって重要な一環をなすものと思われるが、そうした望ましい制度のデザインに進むための前提である実情の正確な認識はひとまず達成できたと考える。 知的所有権の保護強化は、知的生産物の過少生産を避けるために欠かせない条件である一方、保護が行き過ぎれば人類の生活向上に寄与する科学技術の潜在的可能性がせばめられることにもなりかねない、諸刃の剣である。それだけに周到な検討が必要だとの思いを強くしながら、日米の制度調整を含む国際的なハーモナイゼーションの問題に今後さらに深く切り込んで行きたいと考えるものである。
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