研究概要 |
当初の実施計画に掲げた項目について次の成果が得られた. 【1】スクロース結晶の融解と蛍光寿命の測定. 分子性結晶であるスクロース(庶糖)の単結晶を用い,その融解点に至るまでの,X線,ラマン及び蛍光スペクトルをまず詳細に調べ,(a)蛍光バンドに大きな変化が現れ,ラマンスペクトルの偏光依存性とラウエスポットが融解点の約10C上から失われること.を見いだした.一方(b)蛍光寿命は融解点の上約25Cから短縮化が始まり,10C上までくるとさらに顕著に短縮化する.寿命値は融解点に於てちょうど予め非晶質化させた試料を融解させた場合に等しいことが明らかになった.これらの事実は,この短縮化が分子性結晶の分子間振動の揺らぎの増大を反映しているためと考えられこの研究によってスクロース結晶の融解点近傍での critical-speeding-upが明瞭に観測できたがこれは融解現象の前駆現象の初めての観測でありFerroelectrics誌に印刷中である.【2】氷(Ice,Ih)単結晶中のプロトンのdynamicsと融解と関する研究を行い,特にβナフトール(2-Naphthole)分子をdopeした単結晶を育成し,氷からの蛍光を観測可能にした.氷は水素結合を含む単純な構造を持つ結晶であるが,その特異な性質はプロトンの動きと秩序化に関係している.120Kから150Kにかけ寿命の短縮化が見いだされた.これは励起状態のnaphthol分子から氷中のL欠陥へのプロトン移動によるものと考えられ,プロトンに関する新しい研究手段として有望であることが明らかになった.融解点近傍での蛍光寿命はβナフトールに関しては予測に反し融解直前まで変化は現れず,液体になると不連続に増大することが見いだされた.αナフトール(1-Naphthol)では融解前からの影響が現れている.【3】ビフェニル結晶の相転移に関する研究. ビフェニルの相転移は40Kの低温にあり2次の構造相転移をする.この相転移に関しても転移点で極小となる蛍光寿命が確認された.しかもゼロフォノン線の寿命が温度変化しないことからもこの様な短縮化が相転移の影響であることを明らかに示している.これらの結果は,この実験方法が,結晶中の局所的な構造の揺らぎを敏感に検知できることを実証したものであり当初の目的をほぼ達成することができた.結果は日本物理学会(1992.3,1992.10,1993.4,1993.10,1994.3)及び科研費総合研究(A)“水素結合を持つ結晶の相転移の新しい視点"の研究会(1992.11),第8回強誘電体国際会議(1993.8)等で発表した.
|