平成4年度は、レーザー励起温度波による動的熱容量測定を、主として低温度域で精度よく測るため、最初に温度可変型低温測定用セルを設計し、いくつかの予備実験を経て、実際にセルを試作した。励起光源についても、より高い輝度で安定した正弦的強度変調が行なえるように、高出カシングルモード半導体レーザーを導入してS/N比の向上を行なった。これらの改良により従来の測定用セルに比べて、特に位相の変化が正確に測れるようになった。またこの結果、温度依存性の測定では以前よりも温度制御を正確に行なうことが必要となり、このためシリコンダイオード温度センサーを用いた高精度デジタル温度コントロールが使えるように改善した。 次に以上のようにして行なった位相精度ならびに温度制御の点での改良を生かして、液体・ガラス転移の構造緩和現象を調べた。対象とした試料は、最近になってガラス転移の動的機構が理論的に明らかにされつつあるフラジル・リキッドの典型例とされるプロピレングリコールである。この系は約170Kにガラス転移点があり、それより高温側の数十度の過冷却液体領域において、1Hz〜1KHzの範囲でレーザー励起温度波に対する応答信号の振幅と位相に、構造緩和に起因する明瞭な異常を見出すことができた。その一定温度における周波数依存性より、動的熱容量についてのコール・コールプロットを行ない、デビットソン・コールの式により緩和時間の分布を評価した。その結果、エンタルピー緩和における分布は、誘電緩和に比べて明らかに広いことがわかった。この事実は、誘電緩和が極性分子基の配向変化をとらえているのに対し、エンタルピー緩和では運動についてのあらゆる自由度を同時にとらえているためと考えられる。またこのことを微視的立場から理解するために、ラマン散乱の実験も併せて行なった。
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