本研究では、新しい物性計測手段としてのレーザー励起温度波を利用した動的熱容量の分散測定技術を確立することを第1の目的とし、それを活かしてガラス転移の遅い緩和現象の理解を深めることを第2の目的として行なった。平成5年度では、前年度に試作した低温用測定系の性能をさらに向上させることを行ない、次にそれを用いて、これまで行なってきた多価アルコールに比べてガラス転移温度の低いプロパノールについてガラス転移にともなうエンタルピー緩和を調べた。最初に本年度導入した設備備品の極低温用コンプレッサーについて、その振動や発生音による測定精度の低下への影響を調べ、防振処置や、セルのシールド等の改良によりS/N比への影響をきわめて小さくすることに成功した。次のこれらの測定系を利用してフラジル・リキッドの典型例とされるプロパノールの液体・ガラス転移にともなう遅い緩和現象を調べた。この物質は最近急速な進展のあった密度揺動に関するモード結合理論や、分子動力学による計算機シュミレーション等により求められた緩和関数との比較において、分子構造が簡単でかつ分子が小さいという点で重要と考えられている。この測定では動的熱容量の分散のみではなく誘電分散測定も併せて行ない、その差異を明瞭に観測することができた。このエンテルピー緩和と誘電緩和の差異に関する知見により、ガラス化にともなうクラスター構造についての議論が初めて可能となり、ガラス転移の微視的レベルでの理解が一歩前進した。
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