イオンを含む溶液をエレクトロスプレすることにより、高度に帯電した液滴を形成できる。この性質を利用してペプチドやタンパク質の100価を超える多価イオンが観測されている。本研究では、イオン生成のメカニズムについて詳細な検討を行った。観測されるイオンの強度分布は溶液中のイオンの濃度分布では説明できないことを見出した。これはエレクトロスプレーで生成した帯電液滴の乾燥に伴い、同一符号のイオンが濃縮される過程で、濃質分子間でイオンの再配列が行なわれるからである。例えば、中性アミノ酸や酸性アミノ酸が塩基性溶媒に存在するとき、これらは中性あるいは負イオンとして溶液中に存在する。ところがこれらのアミノ酸の塩基性溶液をエレクトロスプレーすると、酸性溶液を用いた場合と同様に正イオンが観測されることを見いだした。これは溶液化学の常識では全く説明できない。酸性の溶液がエレクトロスプレーされると、帯電液滴中に多量のプロトンが溶媒和された状態で付与される。このプロトンは帯電液滴の乾燥に伴い、溶媒を失って、中性や負イオン状態の化学種に付加し、最終的に正イオンを形成し、これが液滴からクーロン反発によって蒸発するのである。従って、エレクトロスプレーで観測されるイオンを詳細に解析することによって、帯電液滴中でのプロトン移動反応に関する情報が得られることになる。さらに、イオンの蒸発には、イオンの溶媒和の自由エネルギーが最も重要なパラメーターとなることを明らかにした。帯電液滴からのイオンの蒸発においては、蒸発しやすいイオンと、しにくいイオン間に、蒸発の時間差が生じる。このため、イオンの径方向の空間分布に著しい強度分布の相違が生じることが分かった。蒸発しやすいイオンは、スプレーの周辺に、しにくいイオンはスプレーの中心部に分布する。
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