非線形性の強いポテンシャルを持つ分子や分子集合体の振動運動には、その位相空間の中にダイナミカルバリアが生じ、複数のモードの振動状態が局在化することがある.この時、位相空間の等エネルギー面は、いわばモードに対応した細胞に分割される.つまり、同じ細胞にある運動は、同じ振動モードを持つ.また、これらの細胞は、運動の初期値などのパラメータを連続的に変えることによって特徴付けることが出来る.さて、位相空間の中のダイナミカルバリアが、細胞膜のように厚みを持つ場合に、その膜は、擬セパラトリックスと呼ばれる.擬セパラトリックスの中の運動古典力学的軌跡の一本一本は、複数の細胞の縁を次々とさまよい、それぞれの細胞で特徴付けられた運動モードをすべて、時系列として出現させる.この運動は、この様に、位相空間の広い領域を運動するようになるので、相空間大振幅運動(PSLAM)と呼ぶべき化学上の概念にまとめ上げることができる.PSLAMの実在はまだ知られていないが、筆者は、PSLAMが実験で観測されるであろうと期待している.PSLAMが産み出す時系列は、非周期的かつ非予測的である.それは、運動軌跡は、一つの細胞の縁を何回か回った後、次の細胞の縁に移動するということを繰り返すが、それぞれの回数が非周期的かつ非予測的だからである.PSLAMは、実際には、きわめて複雑な微視的運動の巨視的反映である.細胞の縁を運動する間に、分子は非常に遅いモードと速いモードの間で非断熱的遷移による微小ゆらぎを続けている.この揺らぎが、巨視的な運動モードの引きがねになっている.我々は、この運動の奇妙な時系列の統計性を解析する方法論の開発を更に進めている.また、我々は、PSLAMの本質が表現されていると思われる数理モデルを構成した.これにより、カオスの様式を保持したまま、その強さを任意に変えることができるようにし、これをもとに解析を進めている。更に、こうして作られたカオスを互いに結合し、部分系が他の部分系のカオスの程度の強さに影響を与えるように構成した.この多次元結合系は、興味深い性質を持っており、現在、詳しく調べているところである.
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