複数の植物を食草とする昆虫の食性を調べる際には、いきなり植物の種間の違いを問題とすることが多い。しかし、同じ種に属する個々の植物が、昆虫にとって均一な餌資源であるとは限らない。むしろ、同種内の個体間には、遺伝的、あるいは環境のちがいに根ざす様々な違い(=個体変異)が含まれているに違いない。しかし、この点を明らかにした研究は極めて少い。本研究では、食葉性のエゾアザミテントウが食草としているチシマアザミとルイヨウボタンを材料として、越冬成虫を用いた食草選択実験と幼虫の飼育によって、植物の被選好性と品質に個体変異があるかどうかを検討した。また、野外に調査区を設定し、区域内の食草に個体番号を付した上で、テントウムシがこれら2種の植物をどのように利用するかを調べた。2本の株から採取した葉を越冬成虫に選ばせた所、成虫は同種植物の異なった株から採取した葉にも明瞭な選好性を示し、そのちがいは、異なった種の植物の葉を選ばせた場合と変らなかった。また、季節によって同じ株の間の選好順位が逆転する場合もあり、この場合には野外におけるテントウムシの利用状況も選好順位の変化に対応して変化した。さらに、産卵期のテントウムシ成虫が好んだアザミと好まなかったアザミで幼虫を飼育したところ、後者では羽化日数の遅延と生存率の低下が認められたが、ルイヨウボタンを用いた同様の実験では明確な差は認められなかった。これらの結果は、チシマアザミとルイヨウボタンが、エゾアザミテントウにとっては一連の変異巾の大きい餌資源となっていること、および、テントウムシはこの一連の変異系列の中から植物の分類学的違いとは無関係に、生存により適した植物個体をえらんでいることを示唆する。
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