これまでアリの血縁認識能力は異なるコロニー間でその存在が示唆されてきたが、同一コロニー内における血縁認識については確認がなされていない。そこで本研究では、様々なアリについてコロニー内血縁認識能力の可能性を検討したが、その存在を確認するには至らなかった。しかし、オーストラリア産ハリアリPachycondyla sublaevisにおいて各個体がコロニー内の他個体を識別している可能性のあることを示す行動を観察した。このアリはわずか10個体前後のワーカーで1コロニーを成し、形態的に分化した女王は二次的に消失している。代わりにワーカー間につつき合いにもとづく直線的な順位制があり、トップに立つ個体だけが雄を惹きつけて交尾し、受精卵を産む。数十コロニーについて新しく繭から出てきた成虫がどのような地位を占めるか観察したところ、この順位制が基本的には齢にもとづいていることが明らかとなった。つまり、若い個体が上位を占めて幼虫の世話などの安全な内役を行い、老齢個体が餌集めや巣の防衛などのより危険な外役に従事するのである。これは、若い個体ほど自分の子供を残して直接的な適応度を稼ごうとするのに対し、老齢個体は血縁者を衛ることによって間接的な適応度を稼ごうとしているという、包括適応度に基づく個体選択で説明できる。しかし、最上位の個体を取り除くと、稀にいくつかのグループに別れ、戦いがはじまることがある。例えば、あるコロニーで最上位個体を取り除くと、すぐに第二位の個体が最上位となったが、間もなくこの新しい最上位、第二位、五位と第三位、四位、六位、七位の2つのグループに分裂して争いが始まり、結局後者グループが勝って第三位が新しい最上位となった。この個体は戦いではあまり活躍しておらず、他の仲間がこの個体を最上位にするために彼を助けたように思われた。残念ながら血縁度の測定はしていないが、コロニーサイズが極端に低いこのアリでは個体間の識別は比較的容易と考えられ、各個体が血縁度に基づいて援助行動をしている可能性もあると思われる。
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