福井県嶺南地方および長野県木曽地方において、ニホンザル地域個体群の近年の変動を調査した。調査の目的は、現在の群れの分布と行動様式を把握し、それを過去の資料と対応づけることから、野生動物としてのニホンザルに、現在何がおこっているのかを明らかにすることである。 まず福井県嶺南地方では、1970年代にニホンザルの分布が急激に拡大している。それ以前、大正年間から昭和45年までの調査結果は、いずれもニホンザルの分布は局在していたことを示している。一方、木曽地方においても分布の拡大が認められるものの、集団捕獲が相次いで行われているため、さほど大規模なものではない。いずれの地方にも共通することは、ニホンザルが近年人慣れして人間を恐がらなくなっているということである。70年代の分布拡大をもたらした要因としては、60年代に全国で大規模に行われた拡大造林の動きがあったことは確かであるが、さらに戦後の農山村の変容が大きく影響している。具体的には、山奥での廃村が相次ぎ、労働力の高齢化により野生動物との対応ができなくなっていること、ニホンザルが狩猟対象から除外されて40年余が経過し、ニホンザルと人間との関係が根本的に変わってきていることがあげられる。両地域とも今でも奥山にニホンザルの群れが分布しているが、現在では中心的な行動域が人里近くに移ってきていることが認められた。それが、ニホンザル生息地域において猿害が頻発している原因である。ニホンザルの保護を考える際にも、ニホンザルの種としての性格、つまり自然な生態係の一員として見合った数が維持されているというよりは、むしろ撹乱された環境で増減を繰り返すEdge Speciesであるということが勘案されるベきであろう。
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