福井県若狭地方および長野県木曽地方において、野生ニホンザルによる分布拡大の実態と人里への接近過程が調査された。調査の目的は、現在の野生ニホンザルの群れ分布と行動様式を把握し、それを過去の資料と対比することにより、日本の野生動物を代表するニホンザルに何が起こっているのかを明らかにすることである。今年度の調査では、昨年度の成果をふまえつつ、未調査の地域一帯で同じことがおこっているのかどうかについての検討を行った。その結果、1)いずれの地域においても1970年代から野生ニホンザルによる分布の拡大が急速におこっていること、2)以前と比べると人を恐がらないサルが増えており、それが人里=耕地に向かって分布を広げたそもそもの原因であること、3)それにはおそらく戦後の農林業の衰退により、山中で働く労働力が大きく減少したこと、4)ニホンザルが狩猟獣からはずされたことにより、狩猟圧からある程度解放されたこと、5)耕地に出没し栄養価の高い農産物を摂取することにより、野生ニホンザルの出生率が上昇したらしいこと、6)ニホンザルが人里に下りてくるにあたって、1950〜60年代に行われた大面積皆伐が大きな影響を与えたこと、7)現在では山中の群れであっても以前と比べると格段に人を恐れない、また人里近くでは非常に人慣れした群れが往々にして認められ、一層の分布拡大の先兵となっていること、8)耕地近くをめぐり歩くため行動域の非常に大きくなった群れが多数あることなどが確認された。こうした野生ニホンザルの行動変容は、日本における人間社会の歴史的変化と直結しており、地域社会の未来像とからんで新しい人間-野生動物の関係が築かれる必要があろう。成果の一部は平成5年度霊長類学会で発表され、また平成6年インドネシアで開かれる国際霊長類学会で発表される予定である。
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