日本海側の最深積雪1.5m以上の地域にはヒメアオキ、ユキツバキ、エゾユズリハなど、太平洋側に近縁種をもつ常緑低木が分布している。これらは多雪環境に適応して小型、ほふく型になったものと考えられている。ヒメアオキとユキツバキをそれぞれの近縁種であるアオキ、ヤブツバキと生理生態学的に比較することによって、その分布について考察した。 【.encircled1.】ヒメアオキは谷川岳の上越側土樽の個体群を対象とした。アオキは東大千葉演習林の個体群を対象とした。土樽個体群は12月中ごろから3月中ごろまで雪に覆われ、暗黒、0℃のもとにあった。 【.encircled2.】両個体群の葉の光飽和における光合成速度および、25℃における呼吸速度の季節変化は冬期を除き、当年葉、一年葉ともにほぼ同じであった。 【.encircled3.】雪に埋まった状態を再現するために、細かい氷に両種の茎葉を埋め込み、暗黒状態に置いた。110日後に取り出して光合成を測定した。両種とも最大速度は低下していたが、1時間光に当てることによって、埋める前の速度に回復した。 【.encircled4.】両種の光合成速度と温度・光強度の関係と、生育地の温度・光強度から年間の物質生産量を計算した。アオキとヒメアオキの生産量の差はアオキの冬期の生産量と一致した。ヒメアオキが小型であるのは、冬期に物質生産ができなくなることに原因があると推測された。 【.encircled5.】ユキツバキは新潟県松代町のブナ林床の個体群を、ヤブツバキは森林総合研究所多摩森林科学園に生育するものを材料とした。 【.encircled6.】生育地で測定した光合成速度の最大は両種で大きな差は認められなかった。 【.encircled7.】積雪下と類似の環境を氷に埋めることでつくりだした。氷中保存90日間までは、気孔開度や高CO2下でのO2放出速度(ポテンシャル光合成)に両種で差はなかったが、それ以上ではヤブツバキの気孔は閉じなくなり、さらに140日後にはヤブツバキのポテンシャル光合成は光処理によって回復しなくなった。1年間の保存ではユキツバキに変化はなかったが、ヤブツバキの葉は枝からすべて落ち、菌類の増殖が見られた。 【.encircled8.】冬期に積雪下のユキツバキを掘り出して、雪の上に枝を立てた状態に保った。掘り出した翌日の水ポテンシャルは無雪期の最低値をしたまわった。80日後のポテンシャル光合成、クロロフィル濃度は積雪下の葉より低下した。量子収率も無雪期の変動範囲を越えて低下した。 【.encircled9.】以上の結果から、ヤブツバキは長期の積雪に耐性がないこと。ユキツバキは冬期、積雪上では気孔開度の低下とともに、光合成系に復活しない光障害を受けることが判明した。
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