淡水域に広く分布している緑藻類の一形態種Closterium chrenbergii(ミカヅキモ)の集団間の生殖的隔離を研究することによって同形態種は交配群AからPと呼ばれる複数の生物学的種に分化している事実が明らかとなり、その生態、遺伝、生理学的研究に基づいて種分化の機構が探求されている。本研究では、比較的短期かつ定期的に有性生殖が起こり、休眠耐久性の接合胞子からの発芽個体の子孫より集団が再構成される交配群Aと、長期間にわたって栄養細胞の二分裂による無性生殖のみによって集団が維持されている交配群Pを研究材料として以下の2点を重点的に比較研究した。 1)本来ヘテロタリズムによって外交配している集団を、セルフイングや戻し交配等の近親交配を行うことによって、その子孫の生存率がどの程度低下するか?2)無性生殖期間の長さと有性生殖期にのみ発現する遺伝子系に認められる有害遺伝子の数量がどの程度相関するのか?前年度には、交配群Aのセルフイングや戻し交配による近交弱勢について詳細に研究した結果を報告した。本年度は交配群Pについて重点的に行った結果を報告する。 (1)交配群Pの日本における分布について、本年度の調査により新たな興味ある発見が得られた。これまで北海道の北東部の広い範囲と秋田、岩手、山形、福島県からは交配型プラスのみ、新潟、長野、富山、静岡県からは交配型マイナスのみが採集されたことから交配群Pは日本の北部にプラス、南部にマイナスが隔離して分布し、その境界は福島県の南部あたりと推察されていた。しかし、本年青森県で1箇所、北海道の南部で3箇所、交配型マイナスのみの集団が発見されたことにより、その分布パターンは上記のような単純なものでないことが明確となり今後の研究が大いに期待される。(2)日本国内における分布パターンが少し複雑になった事実とは関係なく、交配群Pの交配型プラスとマイナスが混在している生息地は未だ日本の何処からも知られていない。交配群Pの各集団は無性生殖のみによって長期間維持されていることは明白であり、このことと関連して交配群Pの野外集団には有性生殖期にのみ発現する遺伝子系に認められる有害遺伝子を持った個体が少なからず存在することが、遺伝解析によって明らかとなった。
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