本研究は、軟体動物平滑筋から単離した、太さ約100nm、長さ約20μmに及ぶ巨大な太いフィラメントと、他の動物組織から調製したF-アクチンケーブルとを用いて新たなin vitro再構成系を作成し、単一の太いフィラメントの運動を解析することによって、筋収縮のエネルギー変換機構についての知見を得ることを目的に行った。主な研究成果は次の通りである: 1)太いフィラメントの間接観察:ムラサキイガイ前足糸牽引筋(ABRM)より単離した太いフィラメントにポリスチレンビーズ(直径4μm)を付着させ、車軸藻(Chara)節間細胞アクチンケーブル上の滑り運動を観察した。本研究の目的から、1ないし数本のフィラメントが1個のビーズに付着したものを得るための条件(ビーズとフィラメントの混合比等)を設定した。 2)太いフィラメントの発揮する力の測定:上記の系(in vitro再構成系)を遠心顕微鏡に載せ、運動を止めるのに必要な遠心力(等尺性最大張力に相当)を算出したところ、フィラメント1本あたり平均10pNとなった。これは、フィラメント上である一瞬に力発揮をしているミオシン頭部が約10個であることを示す。 3)太いフィラメントの力-速度関係:様々な大きさの遠心力存在下での滑り速度を測定し、力-速度関係を調べたところ、滑りと逆方向の力(正の荷重)では、骨格筋単一筋線維などの場合と極めて類似し、Hillの式で近似される力-速度関係が得られた。一方、滑りと同方向の力(負の荷重)では、無負荷最大速度を超える速度が観察され、この速度は小さな負荷領域では負荷の増大とともに急激に増加し、負荷が大きくなると次第に定常的なレベルに達した。この知見は初めてのものであり、現在この現象を説明し得るクロスブリッヂ分子機構を研究中である。
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