ショウジョウバエの幼虫を培地に致死量を若干下まわる量の銅を加えて飼育すると、中腸に橙赤色の蛍光物質が蓄積される。このことは、約40年前にPou'lsonが見出したが、この蛍光物質の本体やその機能は全く不明のまゝ放置されていた。動物における銅の代謝や解毒については、今まで専らメタロチオネインという分子量の小さいタンパク質の関与のみが考えられてきたが、私たちは、この蛍光物質が銅の解毒や代謝に関与する可能性を考え、その動態と性状について解析を行なった。銅低抗性系統の幼虫に銅を与えると、約8時間後に、中腸のある特定の部位に蛍光物質が蓄積することが認められた。この蓄積は2×10^<-3>モルのシクロヘキシミドの同時投与によって著るしく抑制されることから、この蛍光物質は、(1)銅の存在によってその蓄積が誘導されること、(2)その蓄積にはタンパク質の生合成が関与していることが示唆された。銅培地で飼育した幼虫3000個体を集め、蛍光物質を抽出し、その性状を調べた。この物質は、(1)熱処理によって蛍光を失なう、冷却しても蛍光は回復しない、(2)60〜90%の飽和硫安によって沈殿する、(3)セファデックスG25で排除されるなどから、タンパク質であると判断した。そこでSuperdex75によるゲルクロマトグラフィーを行ない、マーカーとの比較から、その分子量を約69000ダルトンと推定した。部分精製した蛍光物質を蛍光分光光度計で測定すると、その蛍光波長は337nm附近にあり、またその励起波長は285nm附近と判明した。また、標準培地で飼育した幼虫から同様操作でタンパク質の分画を精製し、これに銅イオンを加えても蛍光を観察することはできなかった。これらの結果から、この蛍光物質は一種のタンパク質であり、銅を与えることによって誘導的に生合成されることが推定され、このタンパク質が銅の代謝と解毒に関与している可能性は極めて高いと推察される。
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