本研究の目的は、ニホンザルの社会交渉をビデオ映像記録を用いて詳細に分析することによって、ニホンザルのさまざまなコミュニケーションのなかにみられる社会的操作の技法を解明することにある。平成4年度は、兵庫県佐用郡の船越山自然動物園において、夏季、秋季、冬季に観察と映像記録の収集をおこなった。船越山の群れは約300頭から成り、かならずしも十分には個体識別されていない。そこで、第1位の雄とその周囲にいる個体をめぐる社会交渉を中心にビデオに記録した。第1位の雄の周りには数頭の特定の雌がいつも近接しており、特異的な関係を保っていた。また、第2位の雄には、おそらく孤児になったとおもわれる1才の雄が常時追従しており、第2位の雄をバックにした依存攻撃がしばしば観察された。 ニホンザルの各個体は通常ある距離を保っており、個体がある程度以上に接近するとき互いに回避することが知られている。このような回避するべき個体間距離を越えて、それをゼロにする数少ない親和的行動の一つが毛づくろいである。これまでに、「グ・グ・グ」という音声やいくつかの動作が毛づくろいを誘う信号となっていることが報告されている。現在、船越山における毛づくろいの生起パターンを分析中であるが、音声だけでなく、姿勢や身振り、接近の方向、視線といった多元的なコミュニケーションにもとづいた解釈がなされている可能性がある。
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