本研究の目的は、ニホンザルの社会交渉をビデオ映像記録を用いて詳細に分析することによって、ニホンザルのさまざまなコミュニケーションにみられる社会的操作の技法を解明することにある。本年度は、このような社会的操作の技法の発達にきわめて重要な役割を果たしている社会的な遊びに焦点をあて、兵庫県の船越山自然動物園においてビデオ映像を記録すると共に、遊びの中でどのような社会的技法が用いられ、それが社会的操作の技法としてどのような意味をもつのかを検討した。 遊びの成立にはその参与者間の何らかの合意が必要であり、そのために、遊びを強要しない、遊びへ誘うタイミングを見計らう、相手への直接的な身体接触を抑制して相手からの働きかけを持つ、といった行動上の抑制が見られた。また、遊びの最中にも、相手を傷つけるようには噛まない、相手が動きを止めれば自分も活動を停止するといった抑制が見られ、体格差のある個体間では遊びを維持するためのセルフハンディキャッピングの技法が見られた。遊びの場面は、明瞭な遊び、中断、パラプレイ、中断、といった状態が繰り返されるという特徴をもっていたが、この中断は遊びが攻撃的状況へエスカレートすることを防ぐ効果をもっており、遊びの場面を維持するための基本的な技法であるといえる。既存の遊びに介入する第3者の社会的技法については今後の分析が必要である。 また、船越山においてしばしば観察された石遊びの分析をもとにして、遊びと技術との関連を検討し、遊びにみられる行動の自在さや柔軟さ、繰り返しの変奏を楽しみながら繰り返しを維持するといった特徴が、複雑な技術を習得するための重要な精神的構えとなっていることを示した。
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