(1)経路網の構造分析の有効性と限界 スペースシンタックス理論やグラフ理論の適用による歩行経路網の解析は、複雑かつ大規模な経路網に対してその特徴を定量化して比較しやすくするなど一定の性能を示した。今回の解析例の中で、計画的住宅地と自然発生的な集落との比較結果によれば、前者の街路網がコンパクトで連結性が高いという特徴を示し、地区の外周部にある幹線街路は他から分凝されているのに対し、後者では地区の幹線街路はその位置に関わらず統合性が高い。このような空間の構文論的構造が、歩行者のnatural movementと密接に関連するという資料に基づけば、ここで分析した計画的住宅地と自然発生的な集落との、空間構造における社会的意味の差異を推測し得る。 しかしこれらの構文論的構造分析は、見通しの効く直線的な範囲を1単位経路とした場合の経路連結状態の構造であり、それぞれの経路自体に固有の諸属性、例えば、幅員・沿道施設の機能と構造・舗装状態・ストリートファニチュア等、を反映するものではなく、空間の表層が「分かりやすさ」にどのように影響するかについては、今後の検討が必要である。 (2)「分かりやすさ」の意味と研究方法の問題 主として参照した在来の認知科学では、一種の表象主義的モデルを採っているが、その場合の環境認知は、行動主体がおかれた周辺の状況や当該行動との関係を切り離していわば「認知そのもの」を論じている。近年のトランザクショナルな状況論的認知理論によれば、そのような「認知」はあり得ず、状況や行為と相互に統合され生態学的有意味性をもつ新しい定義が求められているといえる。 この観点から環境認知・行動モデル自体を再検討する必要・計算機等による抽象度の高い環境シュミレーションの意義と限界等が明らかになった。さらにヴァーチャルリアリティ等先端的技術手法の応用可能性を検討することが考えられる。
|