本研究は、江戸の武家地を構成する重要な要素である旗本屋敷について、主屋の平面、屋敷地内における各建物の配置、さらに屋敷地割について、近年公開された『旗本上ケ屋敷図』を基本史料に分析し、江戸の武家地の設計方法および都市景観を明らかにすることを目的とする。前年度までに、都市的な視点での分析を終えた。平成6年度には、主屋の平面構成と面積配分の関係について分析するとともに、幕府の儒学者林述斎の八代洲河岸屋敷など個別事例についての詳細な検討を行った。さらに、江戸の武家屋敷全体に視野を拡張し、大名屋敷から御家人の組屋敷まで階層差と都市構造の関係などの分析もはじめた。成果の概要は、以下の通りである。 1.旗本屋敷の平面は、接客・対面のため「表」、主人が政務を執り日常生活を営む「中奥」、私的生活空間である「奥」、裏方である「台所」と、機能に対応した四つの居所に文節される。 2.『旗本上ケ屋敷図』所収の屋敷の主屋面積は、42坪から382坪と広範におよぶ。 3.「表」と「台所」は、主屋の規模に関わらず、全体の1/4を占め、格式に対応する面積を必要とした。 4.「中奥」は、小規模な屋敷では省略される。いっぽう、主屋面積が拡大すると占有率も上昇し、家政を取り仕切る部分が増大するなど、機能強化が図られる。 5.「奥」占有率は、主屋規模と反比例する。「奥」は、私的空間であり、機能が限定されているためである。 6.林述斎の邸宅には、「宝庫斎」と名付けられ防火上の特殊な装置を備える土蔵造の書斎がある。 7.幕臣の最下層に属する御家人の屋敷は、八丁堀組屋敷(町奉行所の与力同心)以外は、江戸城外堀の外側に分布する。その屋敷地内部にも、階層差があり、同心の組屋敷の一部は、町人に貸され、やがて町名主を置くなど町人地化する。
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