これまでいもち病の防除には、抵抗性品種の利用や農薬散布などいくつかの方法が取られてきた。しかし、相次ぐ抵抗性品種の罹病化や農薬に対する安全性の懸念の中で、防除方法の変革が求めらている。他方では良食味米品種の作付けが拡大し、それら品種のいもち病多発が問題化している。いもち病に弱いそれらの品種を、農薬に依存せず安定生産するためにはイネおよび病原菌の基礎研究が益々必要である。すなわち、イネのいもち病抵抗性遺伝子、病原菌の病原性遺伝子の研究が欠かせない。いもち病菌の病原性遺伝子については、具体的な病原性因子がいまだに不明である。そこで本研究は、いもち病菌の病原性遺伝子の特定につながる病原性因子の探索を目的に行った。本因子はいもち病菌の感染過程から、胞子の水浸出液中か発芽液中にみられるべきであるところから、前者からの探索を行った。最初に分生胞子のみの採集法を考案し、寒天培地上で形成させた胞子を乾燥後、吸引しながらミリポアフィルター上に集めることにより分生胞子のみを大量に得ることができた。その様にして集めた胞子を水で懸濁後、発芽温度より僅かに低い10℃で振とうし、その濾液を捨て、胞子を新しい水で再懸濁して接種すると、病斑形成数、罹病型病斑数とも減少する結果を得た。また、高濃度の胞子懸濁液を振とうして得た水浸出液を添加して接種すると、病斑数、罹病型病斑数とも増加した。以上から、いもち病菌の胞子の水浸出液中に本菌の病原性因子が存在する可能性が示唆された。そこで、本菌胞子の水浸出液を集め、C-18 sep-pakを通し、続いてメタノールで溶出し、濃縮後、HPCL(Waters 600E)で分析した結果、これまで報告されているいもち病菌毒素のうちジヒドロピリュキュロールのみが検出された。本化合物はいもち病菌が分泌するいくつかの毒素の中で、植物毒性は最も低いものである。そこで既に抽出、純化した本毒素をイネ葉鞘裏面組織に前処理し、いもち病菌を接種するとイネの細胞に罹病性が誘導される結果を得た。以上から、ジヒドロキュリキュロールはいもち病菌胞子が水中懸濁されると短時間で溶出し、イネの抵抗性反応を抑制する作用を持ち、病原性因子の一つと考えられた。
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