社会性昆虫の大きな特徴の一つは、全ての構成メンバーが巣と名付けられた閉鎖系を基点として共同生活を行うことである。成虫の一部は巣外に出て採餌活動を行うが必ず巣にもどってくる。今日までこの現象は社会性昆虫は帰巣本能を持つからあたりまえだと考えられてきた。しかし昔は本能としてかたずけられてきた現象が本当は化学情報伝達物質によって引き起こされている事実が次々と証明され始めている。 巣を中心としての集合現象がなければ、社会の成立は不可能であり、従って社会性昆虫なるものも進化の過程で登場しえなかったはずである。そこで社会性昆虫の帰巣本能の起源を巣に対する誘因性、定着性と考え、まずそれらの行動を誘起する因子が巣の構成成分中に存在することをイエシロアリを使って確認した。 イエシロアリの巣を細かく粉砕し各種の溶媒で抽出を行った結果クロロホルム抽出物に強い定着活性が認められた。ついで溶媒留去後シリカゲルカラムクロマトグラフにかけ精製をおこなったところ、活性は15%ヘキサン/酢酸エチル溶出画分に認められた。さらにこの画分について細かく分画を行い、最も強い活性の認められた画分をGC/MS分析に供した。その結果コレスタノール、β-シトステロールなどのステロイドアルコール類とそれぞれに対応するステロイドケトンであるコレスタノンおよびシトスタノンの存在が明かとなった。そこでステロイドケトン類については対応するアルコール類を酸化することにより調製し同定されたステロイド類を含む関連化合物を生物検定に供した。生物検定の結果コレスタノールとシトスタノンに巣抽出物と同じ程度の強い活性が認められた。従ってイエシロアリのその巣に対する定着性はこの両化合物によって引き起こされていることが明かとなった。
|