本研究において、葉緑体内で生合成された各脂質クラスの構成脂肪酸残基に検出された放射活性前駆体の比活性を包膜とチラコイド膜との間で比較検討した結果、葉緑体で合成される脂質成分の炭素16と18の構成脂肪酸のシス不飽和化(二重結合の導入反応)には葉緑体包膜に存在す酵素群が関与することが裏付けられた。一方、葉緑体中のホスファチジルグリセロールに特異的に存在するトランス-3-ヘキサデセン酸の生成酵素(トランス-3不飽和化活性)は、包膜ではなくチラコイド膜に分布することが確認された。本酵素の局在性をグラナチラコイドとストロマチラコイドの両部位について検討したところ、グラナチラコイド膜の内部領域に分布することが推定された。さらに、分子種レベルでの詳細な分析から、トランス不飽和化反応の基質は包膜で合成されて同時にシス不飽和化された1-リノレオイル-2-パルミトイル型および1-リノレニル-2-パルミトイル型のホスファチジルグリセロールであること、ならびにグリセロール残基の2位に結合したパルミチン酸残基が直接、トランス不飽和化されることが証明された。引き続いて、低温適応機構における脂質不飽和化反応の生理的役割について、ダイズ実生とブドウ内樹皮を用いて検討した。総じて、低温環境に伴う脂質不飽和化の促進はそれほど顕著には認められず、またアシル鎖の不飽和化は植物では低温ストレスに対する速やかな応答ではないことが判明した。
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