研究概要 |
1.高度好熱菌(Thermus thermophilus)酸性リン脂質合成酵素遺伝子のクローニングの継続。1)標題細菌染色体遺伝子ライブラリーを染色体DNAのSau3A部分分解物の,サブクローニングに用いるプラスミドpWSK29のBam HI部位へのパッケージングにより作成した。得られた約5kbに切断した染色体DNAを挿入したプラスミドにより,大腸菌ホスファチジルグリセロリン酸(PGP)シンターゼ遺伝子(pgsA)の欠損変異pgsA3株,またカルジオリピン(CL)シンターゼ遺伝子(cls)欠失変異(cls::kan)とホスファチジルセリンシンターゼ温度感受性変異(pssAl^<ts>)を同時に保持した株を形質転換した。2)プラスミドの保持するampicillin耐性と酸性リン脂質が大幅に欠損したpgsA3変異株が低浸透圧寒天培地(NBY)で生育不能な性質並びに菌の運動性が低下する性質を利用して,クローニングした遺伝子の発現で変異が抑制され,生育または運動能の回復が認められる株を選択した。3)この結果,ampicillin耐性で低浸透圧培地で生育する株が9株,また運動性が回復した株が5株分離された。これらの株を培養し,その総リン脂質組成を調べたが,すべて酸性リン脂質pgsA3変異株においてはPG及びCL,他方cls:kan,pssAl^<ts>変異株においてはPGまたはCLの合成の増大がいずれも野生株レベルでは認められなかった。4)これらの結果はクローニングされたのがカルジオリピン合成系遺伝子の完全型でないか,好熱性細菌の遺伝子のため異種の大腸菌では膜での存在状態の違いにより発現不全を示すのか,大腸菌での酸性リン脂質欠損による表現型の変異が酸性リン脂質合成に非依存的に相補抑制されるなどの可能性が推察される。 2.カルジオリピン合成酵素系遺伝子のクローニングに用いた大腸菌リン脂質合成欠損変異株の性質の解析 リン脂質生合成の増幅あるいは欠損,欠失改変系を構築し,それらを用いて大腸菌における膜リン脂質の機能を検索している。これら解析した機能の関連性が標題遺伝子クローニングの際,変異相補抑制の選択指標になりうるかどうかを調べ,きわめて興味ある結果を得た。1)大腸菌のカルジオリピン合成は生育定常期に増大するが,CL合成酵素活性もこの時期に約10倍に増加した。一方,CL合成酵素欠失変異(cls::kan)株では定常期以降で菌の生存率が1万分の1に低下した。このことはCLが生育定常期に必須であり,細胞周期依存的にCLが機能していることを示唆した。2)酸性リン脂質合成開始過程のPGP synthaseの点突然変異でその合成が大幅に低下したpgsA3変異株では野生株に比べて菌の運動性が低下し,鞭毛蛋白質の合成が欠損していた。これは鞭毛合成制御遺伝子の転写低下と対応していた。3)さらにこのpgsA3変異株では野生株に比べ,培地浸透圧の影響を受ける外膜蛋白質OmpF含量の低下,OmpCの増大を示した。これらの結果は標題遺伝子クローニングと解析までには至らなかったが,大腸菌でも未知の酸性リン脂質合成の制御に関わる遺伝的要因を増幅という条件で好熱細菌で見いだした可能性もあり,またクローニング遺伝子の導入に用いた大腸菌で,酸性リン脂質欠損により新たに様々の機能の変異を生じていることが明らかになり,好熱細菌を含めて他の生物でのカルジオリピン,ホスファチジルグリセロールなど酸性リン脂質合成系の遺伝子の本格的クローニングのためにきわめて有用な知見が得られたと言える。
|