本研究はアワビの幼生の天然の着底・変態誘起物質を明らかにすることを目的に行なったものである。種々試行錯誤の結果、以下に述べる生物試験法を確立した。あらかじめサンプルを供試した平底試験管に、ストレプトマイシン硫酸塩とペニシリンGカリウム塩、各150mg/lを添加した滅菌海水約35mlを入れ、そこに浮遊幼生約10個体を加え、数日間静置後、顕微鏡にて観察を行い、面盤を捨て匍匐している幼生のみを正常な変態と見なし、活性を判定した。本試験法をほぼ確立できた階段で、アワビの採卵シーズンが終わってしまった。 アワビと同じ藻食性巻貝に属するサラサバテイは、珊瑚礁海域での重要な水産資源である。この貝は採卵時期がアワビの後であることを知り、この試験法をサラサバテイに適用することを試みた。天然海域でその表面に稚アワビが多く見られると報告されている無節サンゴモのヒライボのメタノール抽出物およびMorseらによってアメリカ産アカネアワビ幼生の着底・変態を誘起すると報告されているγ-aminobutyric acid(GABA)について調べた。本研究がサラサバテイ幼生の着底・変態誘導に関する最初の化学的アプローチである。 ヒライボのメタノール抽出物は乾燥藻体5〜15mg相当で、8割前後の幼生の変態を誘導した。GABAについても10^<-5〜-3>Mで変態を誘導することを確認したが、その効果は幼生の発育ステージが適度に進んだ状態でのみ認められた。さらに、ヒライボのメタノール抽出物中の低極性画分に高い変態誘導効果が認められ、ヒライボ中にGABA以外の活性物質が存在することが明かとなった。この階段で、採卵シーズンが終わりとなり、活性物質の単離には至らなかったが、この生物試験法が極めて信頼性の高いものであることが判明し、次年度のシーズンには、アワビとサラサバテイを用いての活性物質の単離が期待される。
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