有害物質による海洋汚染は地球規模で広がり、鯨類や鰭脚類を中心にその生態影響が懸念されている。本研究では、有害物質のモニタリングデータが欠落しているキタオットセイを対象に、有機塩素化合物の化学分析を試みた。 まず、1986年に三陸沖で捕獲したキタオットセイの雌について、有機塩素化合物の年齢変動を調べた。その結果PCBおよびDDTの残留濃度は5才前後まで増加し、以降急激な低減が認められ、20才を越えると再び増大する傾向を示した。こうした傾向は、授乳による有機塩素化合物の母子間移行が5才頃始まり、雌はその後ほぼ毎年出産を繰り返すが20才前後で繁殖活動を停止することを示唆している。このような年齢変動は、すでに鯨類やアザラシ類で認められており、オットセイもこの種の海産哺乳動物同様、相当量の有害物質の母子間移行があるものと推察される。 次に、20才以上の成熟雌を用いて、汚染の経年変動を復元したところPCBの残留濃度は1970年になって徐々に上昇し、1976年頃ピークに達したのち低減したが、1980年代はほぼ横這い状態を示し、そのレベルは最高濃度の3分の1程度にとどまった。DDTの経年変動もPCBと類似のパターンを示したが、1980年代になっても低減が続き、最近の残留濃度は最高値のおよそ30分の1まで減少した。ところでオットセイで認められた汚染の経年変動は、日本の魚介類で報告されている結果よりも欧米の試料で認められる変動パターンに近い。こうした結果は、オットセイの有機塩素化合物汚染は特定の地域に由来するものでなく、地球規模での汚染の広がりの結果と考える方が妥当なことを示唆している。 本研究により、陸上の汚染が低減しても、外洋性高等動物の汚染はかなり長期化することが予側された。
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