研究概要 |
平成6年度の調査研究は中川流域(利根川水系)で行った。中川流域の水利構造は,歴史的にも地域的にも日本の農業用水の代表的な地位にある。立地的にはこの地域は利根川の最下流域に位置していたのであるが,中世末期から近世初頭において人工的に複合河川を形成せしめたため,水利構造がとくに複雑化した地域である。わが国の多くの河川灌漑地域が河川の上流部で取水し,灌漑した後に同一河川の中・下流部に集水されるのに対し,本地域は取水され利用された後,地域の集水河川である中川(これも人工河川)に集水され,利根川本川の河口とは全く異なって東京湾に排水されるのである。 この地域の用水は日本の代表的用水である(備前渠用水),羽生領用水,葛西用水路,見沼代用水路の4大用水路によって,それぞれ単独に取水され中川流域として特徴ある地域を構築していた。昭和30年後半に首都圏の水源高度開発のために,各用水は合口され,連絡水路によって各用水の元圦直下流において取水される様式に改築されている。 本研究は昭和47年に制度化された農業用水合理化対策事業の先鞭をなした葛西用水路について,制度的に技術的にまた地域的に,農業用水の今日的近代化が地域に対して,農民に対して,目的としての「水」の生み出しに対して,どのような功罪をもたらしたかを明らかにすると共に,土地改良事業が歴史を通してみると単なる農地の改良事業ではなくして,地域国土の保全改良の事業であり,地域の民生を中心として発展してきたことを実証した。そして今日以降の農業用水のあり方を提示することに努めた。
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