リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(LCMV)は齧歯類に由来する人獣共通感染症として良く知られており、その自然宿主は野性ハツカネズミであり、ハツカネズミの存在するところ何れも、すなわち全世界に分布していると考えられている。しかしながらその報告はヨーロッパ、アメリカに限られアジア、アフリカでの状態は明かではない。われわれは既に横浜港、大阪港の野性ハツカネズミにおいて本ウイルスにたいする抗体を証明し、大阪港ではウイルスの分離に成功し、これを報告した。これらハツカネズミの由来を明らかにする目的でリボソームDNA(rDNA)及びミトコンドリアDNA(mtDNA)の多型性に基づいた亞種の同定を行った。この試験ではわが国の在来亞種であるMus musclus molossinusはM.m.musculusと同定される。 この結果、LCMV陽性であった横浜港では主として東南アジアに分布するM.m.castaneusとM.m.musculusとが混在し、大阪港ではM.m.castaneusとM.m.musculusのほか西ヨーロッパ、アメリカに分布するM.m.domesticusが混在していた。LCMV陰性である内陸地区の大阪空港、船橋(千葉)ではM.m.musclusが生息し、千葉港ではM.m.castaneusがまた長くアメリカ軍により占領されていた小笠原父島ではM.m.domesticusのみの生息が認められた。以上の成績はわが国のLCMVは外国より侵入したものであり、その持込みに関与したハツカネズミの亞種はM.m.castaneusである可能性が強く示唆された。 そこでM.m.castaneusの生息地であるインド、パキスタン、スリランカで採取された野性ハツカネズミの血清について抗体の検出を試みたところ、パキスタン、スリランカでは陽性の個体は見出されなかったがインドで採集されたハツカネズミ26匹中2匹に抗体陽性が認められた。これら陽性個体は何れもインド南部Kadakolaにおいて採取されたものであり、同地区においては13匹中2匹(13.3%)の陽性であった。 このことから少なくともM.m.castaneusにおいてもLCMVが分布し、わが国への侵入を起こす可能性が認められた。 又、中国において広範な調査を行っているがここでも特定の亜種に陽性が認められる。 なお、これら成績の一部は1993年10月タイ国バンコックで行われた世界獣医食品衛生協会の第11回国際シンポジュウムで報告した。
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