発癌過程に於ける癌遺伝子の活性化や癌抑制遺伝子の不活性化による異常な信号は最終的に核の遺伝子発現機構や遺伝子複製機構に異常を与えると考えられる。このような過程での遺伝子発現機構の変化を、肝化学発癌の初期から発現される腫瘍マーカー遺伝子、グルタチオントランスフェラーゼP(GST-P)の発現制御機構を調べることによって解析してきた。その結果以下の研究成果を得ることができた。 GST-P遺伝子は癌遺伝子産物、Jun/Fosによって発現促進を受けるが、グルココルチコイド受容体はホルモン依存的にJun/Fosに結合し、転写促進活性を阻害することが知られている。グルココルチコイドによってGST-P遺伝子の発現はTPAやc-junの高発現によって活性化された発現のみ阻害され、阻害されない定常的な発現がみられた。この事からJun/Fos以外の発現促進機構が存在することが明かとなった。グルココルチコイドを初代培養肝細胞に与えるとGST-P発現が完全に阻害されるが培養肝癌細胞などでは部分的にしか阻害されず、細胞によって異なった発現機構が働いていると考えられる。 ほとんどすべての発癌剤で誘発したラット肝癌に於て、GST-Pの強い発現が見られるがペルオキシソーム増殖剤によって誘発された肝癌にはGST-Pの発現がみられない事が知られている。この原因を調べるため、ペルオキシソーム増殖剤受容体(PPAR)cDNAをラット肝臓のmRNAよりクローン化した。PPAR mRNAは正常肝、腎では強く発現されているが、生後10カ月のLECラット肝やラット肝の前癌病変では発現が著しく低下していた。発現ベクターに組み込んだPPAR cDNAを導入した細胞にペルオキシソーム増殖剤を処理すると、同時に導入したGST-P遺伝子の5'上流を持つ遺伝子の発現が低下し、ペルオキシソーム増殖剤とその受容体がGST-P遺伝子の発現を負に調節している可能性が示された。
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