本研究は手根管症候群の早期診断技術の開発と産業医学領域での適用限界を検討し、その応用として職場における手根管症候群の発生頻度を調査することを目的とした。 年齢19〜37歳の女性作業者27名と19〜31歳の健常女子19名を対象として、指-手掌部(SCV-pf)、指-手関節部(SCV-wf)、手掌-手関節部(SCV-wf)、手関節-肘部(SCV-we)の正中神経知覚伝導速度(SCV)と同神経の伝導速度分布(DCV)を測定し、非顕性の手根管症候群の有病率を推定した。また、手根管内の神経伝導の異常を評価するためにWF/PF比(SCV-wf/SCV-wp比)を算出した。作業者は1日当り約6時間のVDT作業に1〜17年間従事していた。作業者群のSCV-wf、SCV-wpおよびWF/PF比は対照群に比べ有意に低下していた。WF/PF比が90%(対照群19名の95%信頼区間下限値)以下であった作業者は37%であり、対照群0%と比べ有意に高率であった。また、作業者群は手根管症候群に関連した自覚症状を対照群よりも多く訴えたが、これら自覚症状と神経伝導速度の低下との関連はなかった。対照群では、SCV-wf、SCV-pf、SCV-wpが皮膚温と有意な関連が見られたが、WF/PF比は皮膚温や年齢と有意な関連を示さなかった。WF/PF比の個人間変動は他の全てのSCVの個人間変動と比べて非常に小さかった。以上より、非顕性の手根管症候群の発生は、その自覚症状と無関係に、VDT作業者で高率であると考えられた。また、作業関連の反復性手指動作により生じる手根管症候群の早期診断法として、WF/PF比は有用性が高くでかつ信頼できるスクリーニング方法であると考えられた。
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