研究概要 |
分子量8.5kDの熱シヨック蛋白質ユビキチン(Ub)を、剖検例(焼死、被虐待児、窒息死、出血死、中毒死)のホルマリン固定パラフィン包埋した各臓器について免疫組織化学的に検索した。焼死例においては、Ubは主として細胞核に局在して認められ、特に火災に遭遇後も一定時間生存したと考えられる軽度焼損死体では、諸臓器において細胞核に強陽性であった。しかし焼死に深く関与する一酸化炭素ヘモグロビン濃度と、本抗原の出現の強さには相関性は認められなかった。また虐待により死亡した幼児においても、焼死体と同様に細胞核に局在するUbが検出された。さらにUbの核内発現の過程およびその機序を明らかにするために、ラットを用いて実験的な検索をおこなった。その結果、頚椎脱臼、一酸化炭素中毒死、酸素欠乏、過剰麻酔、出血および45,55℃の温水による加温の条件下に処置し屠殺後したラット臓器のホルマリン固定パラフィン包埋組織材料では、加温終了後30,60分で肝臓と腎臓の実質細胞核にUbの出現を認めた。しかし加温以外の処置を施した臓器では、Ubは検出されなかった。この加温により出現したUbは、焼死および虐待児例における出現様式と極めて類似したものであった。またラットの肝臓と腎臓を摘出後直ちに45,50℃の温水で加温すると、10〜20分後に細胞核にUbが検出されたが、60分以降は認められなかった。さらに摘出後、室温に10分以上放置した後加温した肝臓および腎臓では、Ubは検出されなかった。以上の検索結果から、Ubは生前あるいは死亡直後における外界からの強い熱刺激により細胞核に誘導される事が明らかになった。剖検材料のパラフィン包埋細織切片におけるUb染色は、生体の生前における強いストレスを推測する一つの手段として有用な方法となりうる可能性が明らかになり、法医診断学的な重要性が示唆された。
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