前年度までは、ラット用選択的脳温度可変装置を応用し、脳温度と脳循環代謝(局所脳血流量、脳組織代謝)の関係を検討した。その結果、高血圧自然発症ラット(SHR)の脳虚血モデルでは、虚血60分後の大脳皮質血流量は前値の10%以下に低下し、30℃群では36℃群に比し乳酸値の増加、ATPの減少が抑制されており、低脳温の脳代謝保護作用が認められた。 そこで最終年度は、脳温度と脳内神経伝達物質の変動をみる目的で、19-23ヶ月齢の雌性老齢SHRを用いて20分間の脳虚血モデルを作製後、海馬の体温を36℃、33℃または30℃に設定し、in vivo brain dialysis法により脳局所における各種神経伝達物質(Glu、Asp、Gln、Tau、GABAなどのアミノ酸)を測定した。 36℃群では、脳虚血負荷により、Glu(グルタミン酸)、Asp(アスパラギン酸)、Gln(グリシン)はそれぞれ虚血前の6、5、2倍に増加したが、低脳温群ではほとんど上昇しなかった。またTau(タウリン)、GABAの増加も、脳温度を下げることで有意にその増加が抑制された。さらに7日後に、上記ラットの海馬CA1領域神経細胞の病理学的変化を観察したところ、30℃群では他2群に比し、明らかに神経細胞の脱落(壊死)が少なかった。 以上の結果は、低脳温が脳虚血後の神経伝達物質の過剰放出と神経細胞障害を抑制し、やはり神経細胞保護作用を有することが明らかとなった。これらの基礎的研究は、将来の急性期脳血管障害の治療の一助となる可能性を秘めている。
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