研究概要 |
本年度は,高地肺水腫発症における呼吸調節異常の関与について主として低酸素換気抑制,運動の影響を中心に検討が行われた.1)低酸素換気抑制の関与について.通常低酸素負荷に対して換気は増大する.しかし末梢化学受容器の低酸素に対する反応が非常に弱いとき,あるいは低酸素血症が非常に強いとき呼吸中枢がかえって抑制され換気が低下することがあり,この現象は低酸素換気抑制(Hypoxic ventilatory depression;HVD)と呼ばれている(Cherniack NS,et al.,Respir Physiol,1970).我々は3,200mの高地環境暴露実験において,酸素投与の効果を検討した結果,最も強い低酸素血症を呈したHAPE既往者の1例で対照群や他のHAPE既往者とは逆に,酸素投与によりかえって逆説的な換気量増加を示した(松沢他,日胸疾会誌,1992).このことは低酸素によって抑制されていた換気が酸素投与により回復したことを意味し,HVDの存在を示唆している.さらに同HAPE既往者は昨年度行った3,700mにおける睡眠実験においても,睡眠中の不規則呼吸が酸素投与により規則的な呼吸パターンを回復した(松沢他,登山医学,印刷中).従ってHVDは安静覚醒時のみならず睡眠中にも起こりうる可能性が示唆された.2)運動の関与について.高地における運動時の換気増大反応にはHVRが関与し,HVRの高い者ほど高地登山の活動能力に優れているとの報告がある(Masuyama S,et al.J Appl Physiol,1986).我々はすでにHAPE既往者を対象として低地において運動負荷を行い,対照群に比べ有意に強い肺血管反応(肺高血圧)を呈し,かつ低酸素血症を示したことを報告した(Kawashima A,et al.J Appl Physiol,1989).しかし,この実験において換気増大反応を反映する動脈血のpH,PCO2はHAPE既往者ならびに対照群とも有意な変化を示さなかった.このことはHVRが低いと運動時換気増大が起こりにくく,このことがHAPEを発症する誘因となるとの仮説を支持しない.さらにその後の追加実験において,運動時の異常反応を全く示さないHAPE既往者を認めており,特にHAPEの呼吸調節異常に及ぼす運動の関与についてはさらに検討が必要と思われる.
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