悪性腫瘍に伴い様々な凝固異常が存在することが報告されている。血栓誘発因子(TIF:thrombosis-inducing factor)は進行担癌患者の血清中にしばしば認められる因子である。肺癌患者の血清においてTIFの陽性頻度は病期の進行に比例して高くなることが判っている。そこで我々はマウスのメラノーマ細胞株の実験的肺転移系を用いてTIFの影響を検討した。TIF陽性血清はB16F1の肺転移の頻度をコントロールと比べ増強した。すなわちB16F1のみを注入したマウスが3.8±0.9個の転移巣を形成したのに比べTIF陽性血清処置群は61.0±12.8個と増強した(p<0.01)。この増強作用はB16F10細胞でも同様に認められ、また抗TIF抗体とヘバリンはこの効果を阻止した。抗QG56抗血清で処置するとTIF陽性血清での肺転移巣は21.3±4.5個まで減少し(p<0.05)、TIF陰性血清の場合22.3±8.2個とほぼ同等であった。TIFの転移増強作用は血小板数とは関連がなく、血小板非依存性現象と考えられた。また血清中の残存トロンビン活性が生体中でフィブリン血栓を形成した可能性も考え、TIF陽性、陰性血清のトロンビン活性を測定した。37℃でCaCl_2の存在下に牛フィブリノーゲンのフィブリン形成をみると、凝固時間は5分以上と遅延したが16.2±2.4分、16.1±2.8分で両者に差は認めなかった。5分以内にフィブリン凝集をさせるためにはトロンビンが2U/ml以上を必要とした。血清中のトロンビン濃度と転移巣の数は関連がなかった。またトロンビン15Uをマウスに静注するとTIF様の活性が認められた。この効果はメラノーマ細胞の凝集が肺の毛細血管に形成され、フィブリン血栓が形成されるためと考えられた。
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