研究概要 |
筋萎縮性側索硬化症を初めとする運動ニューロン疾患は脳脊髄のα運動ニューロンの選択的変性脱落を主体とし、本症の発症にはウイルス感染、外傷、DNA異常などの種々の仮説が考えられているが、その原因、病態は未だ不明である。α運動ニューロンを含むコリン作動性ニューロンにおいて特異的に発現するcholine-acetyltransferase(ChAT)は、acetylcholineの生合成酵素として、その代謝調節に重要な役割を演じている。 今回、同ニューロンにおけるChAT遺伝子発現の解明を試みるとともに、同ニューロンに対して親和性を有すると考えられるポリオ ウイルスとの関連、また、retrograde axonal flowにより脊髄内に蓄積する金属因子としての水銀(Hg)の関連にも検討を加えた。 ChAT酵素活性の測定法はSchrierらの方法に準じ、確立しSpraque-Dawleyラットの胎生12〜14日目および16〜18日目胎児脊髄のChAT活性を検討した。胎生12-14日目ラット胎児では0.41±0.27p moles/min脊髄、16-18日目胎児では0.86±0.62p moles/min脊髄と胎生期の成熟と一致したChAT活性の変化が明かとなった。このChAT活性にみられるコリン作動性ニューロンの成熟に関連するChAT遺伝子発現解明のために、DNAライブラリー作製、DNA抽出を行っているが、ラット胎生期における経時的変化の解析には至っていない。しかしながら、ChAT transcriptsの局在の検討にはradioactive methodに比してnon-radioactive methodがより良好な結果を示すことから、今後、コリン作動性ニューロン内の組織内分布形態の解析にはnon-radioactive methodが適しているという研究の方向性が示された。 一方、コリン作動性ニューロンとポリオ ウイルスとの関連は北海道における1980年から1989年の10年間の運動ニューロン疾患患者とポリオが流行した1949年から1958年のポリオ患者との疫学的地域別検討を行った。上記対象期間中に389名の運動ニューロン疾患患者と2,171名のポリオ患者を確認し、その地域別別分布の相関性を検討したが、明らかな関連性は認めなかった。また、コリン作動性ニューロン蓄積し得る水銀濃度を筋萎縮性側索硬化症症例と健常人およびパーキンソン病などの他疾患からなる対照で頭髪、血液をサンプルとして解析し、筋萎縮性側索硬化症症例、対照各々の頭髪中水銀濃度は2.38±1.34ppm、2.50±1.29ppm、血漿中濃度が1.33±0.85ng/ml、2.11±1.07ng/mlで、筋萎縮性側索硬化症で低値を示す傾向を明らかにした。今後、他の金属因子についても検討していく。
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