研究概要 |
未分化神経細胞に起源を発する小児期脳腫瘍は小児固形腫瘍中、最も多くかつ予後不良の疾患である。我々は未分化神経細胞の分化・誘導・維持に必須のシグナル伝達系である神経成長因子(NGF)およびその受容体(NGRR)から成るカスケード(NGF/NGFRカスケード)に着目し、このカスケードを遺伝子工学的手法にて人為的に腫瘍細胞内に導入し、腫瘍細胞をDNA合成停止を伴う最終分化へ導くという新たなる分化誘導療法(遺伝子治療)を開発することを目的として研究を計画した。我々の研究では下記の新たなる知見を得た。 1.内因性のNGF受容体を発現しない未分化神経内に人為的に導入されたtrkAcDNAは低親和性NGF受容体gp75^<NGFR>の非存在下においても細胞表面上に機能的NGFRを構築した。 2.発現したtrkA受容体はNGF投与に伴ってチロシンりん酸化をきたした。また、シグナル伝多路中間体として知られているPLC-γ1,ERK-1,ERK-2も同時に活性化された。 3.trkAトランスフェクタントへのNGF短時間投与はimmediate-early response geneとしてのc-fos,Egr-1の一過性発現増加を示した。 4.トランスフェクタントへのNGF長期投与は増殖抑制・DNA合成停止を伴うin vitroおよびin vivoでのトランスフェクタントの形態学的、分子生物学的分化を誘導した。 5.この際、過剰発現していた内因性のN-myc遺伝子はその発現が抑制された。しかし、N-mycの持続強制発現はNGF/NGFRカスケードを介する未分化神経細胞の分化誘導をimmediate- early resonse遺伝子の発現以降の段階で妨げた。 6.trkAトランスフェクタントの神経栄養因子に対する生物学的反応はNGFのみならず、NT-3,NT-4/5でも同様に認められた。しかし、BDNF投与後にはこれらの反応は見られなかった。 以上の結果は神経細胞内に導入されたtrkAcDNAがそれ単独で、すなわちgp75^<NGFR>の非存在下においても機能的NGF/NGFRカスケードを構築し、未分化神経細胞をin vivoにおいても分化誘導することを意味する。同時にこれは小児脳腫瘍の新たなる遺伝子導入療法への道を開くものである。
|