膵癌に対する外科手術において、根治性向上のため腹腔動脈および上腸間膜動脈神経節を含めた広範囲なリンパ節郭清が行われる。その結果、術後に食事摂取を契機に激烈な下痢が起こり治療に難渋する。本研究ではこの病態の解明のため、腹腔神経叢及び上腸間膜神経叢切除前・後の消化管運動の変化について検討した。 雑種成犬を用い、全麻下に開腹し、strain gauge transducerを胃から大腸まで装着し約2週間の回復期間後、control studyとして空腹期、食後期の消化管運動を記録した。その後、再開腹し、腹腔神経叢及び上腸間膜神経叢切除を行ない、同様に空腹期および食後期の消化管運動を記録し、比較検討を行った。 空腹期小腸運動の特徴として、周期的に強収縮が出現し、十二指腸から回腸末端部まで伝播する現象(MMC)が認められる。神経切除後の空腹期小腸において、このMMC発現には影響はなかったが、その活動性は亢進した。空腹期大腸においては、神経節切除前後において、大腸運動に特に変化は認めず、小腸から大腸への収縮伝播にも障害なく、この結果より空腹期の大腸運動および小腸から大腸への収縮伝播に関しては外来神経の影響が少ないことが示唆された。一方神経節切除後の食後期小腸では、高い振幅を持った収縮群が反復して出現し、十二指腸から回・結腸接合部まで急速に伝播する現象を認めた。この現象により小腸内容物の移送は著明に促進され、小腸における消化吸収が障害されるものと推察された。結腸でも、神経節切除後の食後期において著明な運動活動の亢進が認められ、この病態下では小腸から流入してきた腸内容物は短時間しか結腸にとどまらず、十分な水分・電解質の吸収は行えないものと思われた。以上をまとめると、腹腔動脈及び上腸間膜動脈神経切除後には抑制系神経路の遮断のため、腸管の被刺激性が亢進し、食物の流入がおこると腸管運動は著明に亢進し、腸内容の急速な移送がおこり、二次的な消化吸収障害を伴ない、その結果激烈な下痢が起こると推察された。
|