齧歯類の成体脳組織内に幼若神経細胞を移植すると、移植細胞は移動、突起伸展等の発生現象に対応した挙動を示し、宿主神経組織に統合されうる。このような現象は、移植細胞が成長・分化する能力と成体宿主の可塑性との相関の上に成立すると考えられる。host‐graft間に認められるこのような相互作用を解析するためには、均一でしかも分化能を有する移植細胞を特異的に標識して用いることが望ましい。神経上皮細胞に発癌遺伝子を導入して不死化した細胞株V1を成体マウスの脳内に移植すると、一部の細胞は突起を伸展し、ニューロンの分化マーカーを発現した。この不死化細胞株を移植することにより、可塑性のある幼若脳組織をどのように再構築し得るかを検討するため、新生マウス脳内への移植実験を行なった。 新生仔期にはマウスの小脳、海馬では神経細胞の移動、突起伸展、シナプス形成が進行している。この発達時期のマウス頭部に適合する脳定位装置を新たに作製して、小脳、海馬内にV1 cellを定位的に移植した。移植細胞はcarbocyanine系蛍光色素DiIで標識し、1〜2週間後に移植部位の切片標本を作成して、生着した細胞を共焦点レーザー走査顕微鏡で観察した。小脳外顆粒層内に移植されたものは、接線方向に移動し、あるいは内顆粒層へ移動して突起を伸展し、顆粒細胞様の形態をとるものが認められた。海馬内に移植された細胞は発達中の宿主海馬采の神経線維の走行に組み込まれるかたちで突起を伸展した。また、アンモン角領域に生着したものの一部には、錐体細胞と同様の極生をもって配列するものが認められた。さらに、DiI標識をDAB溶液中で蛍光照射して電子密度の高い標識に変換し、移植細胞の分化の様式を電顕的に観察した。このようなV1 cellの移植実験の結果と、これと関連した遺伝子導入初代培養グリア、あるいは幼若プルキンエ細胞の脳内移植実験の結果も併せて考察すると、移植神経細胞は、移植部位の神経構築に対応した分化形態をとり、しかも宿主神経回路内に統合されうることが示唆された。
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