全身麻酔薬は、用量依存性に神経細胞活動を抑制する抑制性麻酔薬(バルビツレート、イソフルランなど)と、臨床使用濃度で神経細胞活動を促進する興奮性麻酔薬(ケタミン、亜酸化窒素など)に分類される。一方、中枢神経伝達物質には、興奮性のグルタミン酸、ドパミン、アセチルコリンなどと、抑制性のガンマーアミノ酪酸、グリシンなどがある。本研究の目的は、各種麻酔薬がそれぞれの神経伝達物質の動態に及ぼす影響を明らかにし、麻酔薬の中枢神経細胞活動に対する作用と神経伝達物質の放出とに関係があるか否かを検討することである。 脳内微小透析法を用いてラットの各種神経伝達物質放出に及ぼす麻酔薬の影響を検討したところ、抑制性麻酔薬であるバルビツレート(ペントバルビタール)は、線条体における興奮性伝達物質グルタミン酸、抑制性伝達物質ガンマーアミノ酪酸及びグリシン放出には影響を及ぼさず、興奮性伝達物質アセチルコリン放出を抑制した。また、他種の抑制性麻酔薬であるイソフルランは線条体と大脳皮質におけるアセチルコリン放出を抑制した。したがって、抑制性麻酔薬の作用には、興奮性伝達物質アセチルコリンの放出抑制が関与していることが示唆された。興奮性麻酔薬であるケタミン及び亜酸化窒素は、線条体におけるアセチルコリン放出に影響を及ぼさなかった。また、亜酸化窒素のモノアミン含量の及ぼす影響を検討したところ、大脳皮質及び延髄において興奮性伝達物質ドパミン含量を変化させず、ドパミンの代謝産物であるDOPACを増加させた。これは、亜酸化窒素が大脳皮質及び延髄においてドパミン作動性ニューロン活動を亢進させることを示している。大脳皮質及び延髄においてドパミン作動性ニューロンは多幸感及び嘔吐に関与する。したがって、亜酸化窒素の特徴的な副作用である多幸感及び嘔吐は、大脳皮質及び延髄のドパミン作動性ニューロン活動の亢進によることが示唆された。
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