本研究では妊娠時のインスリン抵抗性増大がインスリンの細胞レベルでのsignal transductionのどの部位の変化によるものかを明かにしようとした。まず、インスリンによって糖輸送が促進されるためには、インスリンがインスリン受容体に結合することが必要であり、その次の段階は細胞内に存在するインスリン受容体のβサブユニットのチロシンキナーゼが活性化されることである。そして、さらに何等かのシグナルが伝達され、細胞内に存在する糖輸送体(GLUT4)を細胞表面に移動させるtranslocationの現象がおこり、その結果糖輸送が促進される。本研究では妊娠時にこの過程のどの部位に変化が生じているのかを検討するために、まず妊娠ラットならびに妊娠時に著増する女性ホルモンであるプロゲステロン投与ラット骨格筋からインスリン受容体を粗精製し、そのチロンシンキナーゼ活性を検討した。妊娠ラットならびにプロゲステロン投与ラット骨格筋におけるチロンシンキナーゼ活性は有意に低下しており、妊娠時のインスリン抵抗性増大の機序の一つはインスリン受容体に存在するチロンシンキナーゼ活性の低下によるものと推定した。次に、糖輸送体に変化があるかどうかを抗GLUT4抗体を用いてWestern blotting法により検討したが、現在までの実験ではインスリンによって細胞膜上に移動したGLUT4に関して妊娠時と非妊娠時で有意の差は検出されていない。この検出されない理由として実験手技に関わる可能性も否定はできないものの、今回の結果は、妊娠時のインスリン抵抗性の増大が糖輸送体のレベルの変化とは考え難いことを示唆している。この点についてはさらに実験データを集積して検討中である。
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