研究概要 |
ソルビトールがS.mutansのグルコース代謝を抑制したので,その生化学的機構について検討した.また,ヒト歯垢の糖代謝に対するソルビトールの影響についても検討した.ソルビトールを糖源として培養したS.mutansのグルコース代謝とグルコース・ソルビトール混合溶液の代謝を比較したところ,ソルビトールを加えたときの方が酸産生速度が小さくなった.次に菌体を一次的に酸素に触れさせ,ピルビン酸ギ酸リアーゼ(PFL)を失活させたのちに嫌気条件下において同様の実験を行ったところ,ソルビトールのグルコース代謝に対する抑制効果ははるかに大きくなった.また,10%スクロース・10%ソルビトール混合溶液を洗口させ,歯垢下における酸産生速度(水素イオンの増加速度)を測定したところ,10%スクロースで同様の実験を行ったときの40%以下であった.スクロース錠剤,ソルビトール錠剤を用いた実験でも同様にソルビトールはスクロースからの酸産生を抑制した.S.mutansではソルビトール代謝時に一分子余分なNADHが生ずるため,PFLとそれに引き続く二つの脱水素酵素によるエタノール産生過程で余分なNADHを処理しなければならず,酸産生が滞ると考えられる.また,酸素によりPFLが失活した場合にはこのNADHの酸化過程が機能せず,グルコース代謝がされに大きく抑制されたと考えられた.ある種のアクチノミセスのグルコース代謝もソルビトールによって抑制されることがわかっており,ヒト歯垢中でも同様の機構によりソルビトールは他の糖の代謝を抑制すると考えられる.糖代謝時,歯垢深部は高度に嫌気的に保たれるが,糖欠乏時には歯垢中に酸素の侵入があり,PFLが失活すると推定される.そこで,スクロースとソルビトールを摂取したときには,歯垢は高度に嫌気的になり,ソルビトールにより生ずる余分なNADHを十分に処理しきれずに代謝全体が滞ってしまうと考えられる.
|