報告者はかねてよりヒトの体細胞モデルとしての正常ヒト2倍体細胞へのフッ素イオン(F^-)の作用に関心を持ち、F^-による増殖阻害機序が明らかにされることを望んでいる。インスリン様増殖因子(IGF)-Iは血清中に前駆物質の形で大量に見い出され、他の増殖因子と比較してもその細胞増殖に果たす役割は最も大きいのではないかと予想される。したがって、細胞増殖に及ぼすF^-の作用を研究する場合、まず、IGF-IとF^-の相互作用に着目するのは妥当であると思われる。IGF-Iをリガンドとするリガンド受容体結合に端を発する細胞膜貫通シグナルの伝導に関してこれまでに明らかな知見は、高濃度F^-によるリン酸化セリン、リン酸化トレオニン形成阻害と、リン酸化セリン、リン酸化トレオニン形成がリガンド受容体結合によるリン酸化チロシン形成に何らかの関連性を持つのではないかという推測であった。螢光抗体法による免疫染色所見から報告者は次の観察結果を得た。通常の10%牛胎児血清添加培養液の場合、全細胞は螢光を発し、血清をぬくと螢光は観られなくなる。そこにIGF-Iを加えると10%牛胎児血清添加時よりさらにはっきりした螢光が観察され、さらに高濃度のF^-を添加すると螢光は観られなくなる。低濃度F^-添加時には10%牛胎児血清添加時と同じような螢光が観察され、この一連の現象の背景をなす機構について現在さらに検討している。(以上はリン酸化チロシン形成に関する所見である。)また、ヒト2倍体細胞の取り扱は難しく、マウス由来線維芽細胞BALB1_c3T3細胞を用いたが、この実験系に関しては支障のないものと思われる。
|