微生物は地球上のあらゆる環境下に棲息しており、生物の環境適応機構を明らかにするうえで格好の材料である。このため、微生物を用いた環境適応機構の研究が古くから行われてきた。私達も細菌を用いてpHの変化に対する適応機構を研究し、酸性環境下で細菌が生育するためには細胞内pHを中性に保つことが重要であること、一方、アルカリ性に対する適応は細胞内のpHを中性に保つのではなく、細胞内の代謝系をアルカリ性に対して耐性にすることがより重要であることを明らかにした。そこで、本研究では、このアルカリ性環境下に生育するために必要な遺伝子及びその生理機能を生化学的、遺伝学的に研究し、以下の成果を得ることができた。 (1)今までは、大腸菌がアルカリ性で生育するためにはNa^+/H^+ antiporterにより細胞内を中性に保つことが必要であると考えられていた。しかし、本件研究で、Na^+を排出できない変異株を分離しその性質を調べたところ、アルカリ性環境下での生育にNa^+/H^+ anti-porterは必要ないことが明らかとなった。 (2)そこで次に、Na^+/H^+ antiporterの生理機能を調べたところ、その生理機能はすべてのpHにおいてNa^+を排出し細胞内Na^+濃度を低いレベルに保つことにあることがわかった。また本研究において、従来知られていたNhaA、NhaBに加え、ChaAがアルカリ性でNa^+を排出する第3番目の輸送系であることが明らかとなった。そして、大腸菌は細胞内Na^+を低いレベルに保つために中性環境下ではNhaBを使い、アルカリ性環境下ではNhaAとChaAを使うというように各pHにおいてNa^+/H^+ antiporterを使い分けていることがわかった。 (3)カナマイシン耐性遺伝子を持ったMuファージを遺伝子に挿入することによりアルカリ性環境下で生育できない変異株を分離することができた。この結果、大腸菌がアルカリ性環境下に生育するために必要な遺伝子がnhaA、chaA以外にも存在することがわかった。
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