ホスファチジルセリン(PS)はプロトロンセビナーゼ複合体(血液凝固第V因子、第X因子、プロトロンビン)およびXase複合体(血液凝固第VIII因子、第VII因子、第IX因子)の活性発現に必須の補助因子である。しかし、リン脂質は常に分子集合体を形成し、また非特異的に様々な蛋白質に結合するために、どのようなメカニズムで血液凝固反応に関わるのかを従来の研究手法により解析することは困難であった。本研究では、免疫化学的手法を駆使することによりリン脂質分子の機能発現のメカニズムにアプローチした。具体的には、まず生体内の蛋白質と同様にPSをきわめて特異的に認識するモノクローナル抗体の作製を行い、リン脂質認識に関わる部位の分子構造の解析を行った。さらに抗体分子の抗原結合部位の構造を認識するモノクローナル抗体群(抗イディオタイプ抗体)を作製し、そのなかで活性化にPSを特異的に要求する生体内蛋白質(プロテインキナーゼC)と交叉するクローンの検索を行った。このようにして、PS認識部位に対するモノクローナル抗体(ある意味でPSの分子イメージを有する抗体)を樹立し、血液凝固因子上のリン脂質認識に関わる部位の解析を行った。その結果、血液凝固第八因子上にホスファチジルセリンが特異的に結合する部位が存在することを明らかにした。さらに同様のリン脂質認識構造が血液凝固第V、IX、Xおよびプロトロンビンのいずれにも共有されることが示された。また抗イディオタイプ抗体をプローブとして、凝固第V因子上のPS認識部位の同定を行った。また、抗イディオタイプ抗体はPS分子の分子イメージを表現していると考えられるが、本研究で作製された抗イディオタイプ抗体は、プロトロンビン複合体活性を促進するのに対し、Xase複合体の活性は逆に阻害することが明かとなった。このことは、抗イディオタイプ抗体は、一方では血液凝固反応のアゴニストとして働き、また一方では凝固の阻害剤として働くことを示している。これらの知見は、リン脂質を標的とした新たな血液凝固反応の制御薬、血栓症の治療薬を開発する糸口を示すものである。
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