神奈川県西丹沢地方のチマダニ属のライム病菌による汚染の有無を調べた結果、すべて陰性であった。また、自然界のシュルツェマダニ未吸着幼虫にも菌による汚染は認められなかった。したがって、日本では、チマダニ属はライム病の人への伝播に関与せず、ライム病菌の経卵巣感染を考慮する必要もないことが分かった。長野県のシュルツェマダニが保有する病原菌の遺伝種を確かめた。これにより、自然界におけるボレリアの循環と人から分離されるボレリアの媒介者を推定する基盤ができた。小哺乳類の保有するボレリアの検索を現在続行中である。シュリツェマダニ由来のボレリアに病原性のあることは広く知られているが、長野県の一部の地域に生息するヤマトダニ由来株にも、マウスやスナネズミに対して弱い病原性があることを確かめた。他の地域で全く知られていない現象である。ヤマトダニ由来株による人のライム病の確実な記録がこれまでないので、有毒株の分布域で注意深く患者を発見して病原菌を分離する作業が必要になった。3年間にわたって長野県下の臨床医にライム病通信を配布し、本症発症の前提となるマダニ咬症の紹介を依頼してきた。その結果、1992-1994年の間に145例の咬症が捉えられ、そのうちの20例がライム病を発症したものと臨床的診断が下された。最近の症例は北海道より、長野県に多いものと考えられた。全症例とも症状は軽く、遊走性紅斑が主徴であり、神経症状を呈した者は1例に過ぎなかった。本研究で得られた知見と既報のそれとに基づいて、本邦のマダニ咬症とライム病の特徴について考察を加え、今後の研究課題を明示することができた。すなわち、シュルツェマダニの分布域外のライム病様疾患の病名をどう定めるか、隠されたライム病をどのように探し出していくかという2点である。
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