本研究では、毛髪を(できればその一本のみを)用いて、その毛髪の主の過去数カ月にわたる全ての服薬歴(使用した薬物の種類や量、服薬状況)に関する情報を全て知ってしまおうという概念(トータル・ドラッグ・モニタリング)を具体的に実践することを目的とした。一本の毛髪から二種類以上の薬物を同時に測定することを試み、又、極めて短期間にパルス的に使用される薬剤については、毛髪の極く限局した部位からのみ薬物が検出できるか否かを検討した。更に患者の背景因子として重要である喫煙の指標として、喫煙にともなって吸入されるニコチンを毛髪から測定することを試み、毛髪内ニコチン濃度分布測定が喫煙行動の指標となるか否かも検討した。向精神薬ハロペリドールとクロルプロマジンを精神病患者の毛髪一本から同時に測定する方法の確立とそれら二薬剤の毛髪への移行を決定する因子の解析、抗菌剤オフロキサシンの毛髪一本の2mmの細断片からの検出とそのタイムマーカーとしての応用、ニコチンの毛髪からの検出と喫煙歴推定への応用などを実践した。一本の毛髪でのハロペリドールとその代謝物である還元体、オフロキサシンの三種化学物質の測定はトータルドラッグモニタリングの概念を明白に示すと共に、その可能性を明らかにしたものと考える。即ち、ハロペリドール投与開始時に少量のオフロキサシンを服用した場合、投与後ある時点で採取した毛髪一本を、毛根側から2mmずつに細断し、細断片をアルカリで完全に溶解し、それを二分し、その一方でオフロキサシンを測定し、他方は毛根より1cmずつのセグメントに対応させてプールし、ハロペリドールとその還元体を測定した。ハロペリドールと代謝物の毛髪での出現部位はオフロキサシンの測定部位に一致し、オフロキサシンの出現部位をタイムマーカーとして、患者の過去のハロペリドール服薬歴を対比させると、服薬歴と毛髪内薬物分布は良く一致した。
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