平成4年度は、新生仔ラット小脳を用いてcDNAライブラリーを作製する事から実験を始めた。まず、妊娠ラットに妊娠15日目よりメチマゾールを飲料水に混和して投与した。この飲料水は出産後も投与し続けた。生後16日目にラットを屠殺し、小脳を摘出し、mRNAを抽出した。この時、対照群より抽出したmRNAより、λgt10を用いてcDNAをライブラリーを作製した。このライブラリーに対し、対照群および甲状腺機能低下群より抽出したmRNAより合成した^<32>P標識antisense DNAを用いてdifferential plaque hybridizationを施行した。その結果、甲状腺機能低下によって発現量が変化する可能性のある遺伝子が数個見いだされた。これらの遺伝子をプラスミドにsubcloningし、大量に抽出した。 平成5年度には、上記の遺伝子について塩基配列を検索するとともにsubcloningしたcDNAをプローブとして、対照群および甲状腺機能低下群より抽出したmRNAとの間でノーザンブロットによる解析を行った。その結果、実際に甲状腺機能低下に伴い発現の低下する遺伝子が4クローンあることが判明した。塩基配列を調べてみると、このうちの3クローンがミトコンドリア由来の遺伝子であるチトクロームc酸化酵素のサブユニットIに97%以上のホモロジーを有することが判明した。中枢神経系のミトコンドリアの遺伝子が甲状腺機能によって影響を受けているという事実が見いだされたのは始めてである。 我々はすでに同定されている遺伝子の発現についても、脳のどの部位が甲状腺ホルモンの影響を受けるかについてもしらべた。成熟雄性ラットの甲状腺を摘出して、視床下部旁室核のc-erbAα2のin situ hybridizationを行ったところ、有意に増加していた。さらに、この増加はチロキシンにより抑制された。このように、脳の遺伝子のなかには甲状腺ホルモンによりその発現が促進されるものと抑制されるものとがあることが示された。
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