先天性血栓性素因を示す2例の異常アンチトロンビンIII(ATIII)の機能変化と遺伝子解析を行い、ATIIIの凝固制御における分子論的機序の解析を行った。一例目に認められた異常ATIIIでは、ヘパリン結合正常、トロンビン阻害低下を示し、そのATIII遺伝子の全塩基構造の解析から、Arg393-Hisの変化が認められたが、発端者はこの異常に関して、ヘテロ接合体であった(ATIIIKumamotoII)。この異常分子を精製すると、ヘパリン存在下および非存在下でもトロンビンと結合しえなかったが、ヘパリンセファロースへの親和性はむしろ正常分子よりも上昇していた。この原因は不明であるが、P1部位のArgがATIIIのヘパリンとの親和性に影響を与える可能性が考えられた。このことは従来から考えられていたが、このタイプのP1部位変異分子の全分子構造が決定されたのははじめてで、この解析結果からはじめて上記の可能性が正しいことが確認された。他の一例のATIIIでは、ヘパリン結合能低下、トロンビン阻害能正常を示し、そのATIII遺伝子の全塩基構造の解析から、本異常分子はSer116がProに置換されていることが判明し、この置換はこれまでに報告がなく、世界ではじめての異常であることが判明した。発端者は、この異常に関してヘテロ接合体で、ヘパリン結合にSer116が重要な関与をしている可能性が示された。このことは、ATIIIの化学修飾の結果から示唆されていたエクソン3aでコードされる部分のアミノ酸がヘパリン結合に重要である可能性を実証するものである。また、正常および異常構造に対応するオリゴヌクレオタイドを合成し、ハイブリダイゼイションを行った結果、両親の父親にこの異常が存在することが判明した。また、従来から、ヘパリン結合能低下を示す異常ATIIIでは、ホモ接合体のみが血栓症を惹起すると考えられてきたが、本症例のように、ヘテロ接合体でも喫煙のような血栓症のリスクファクターが存在すると血栓症(動脈血栓症)を併発しうることが判明した。
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