発作性夜間血色尿症(PNH)は後天性の骨髄幹細胞異常に起因する異常溶血を特徴とし、他に血栓症、造血不全や白血病などの多彩な病態を併発する病因不明の難病である。われわれは主病態である溶血の分子機構解明を研究目標としたが、PNHが血球減少を伴うことやその発生頻度も少ないことなどから、病態解明には培養株細胞の調整が優先すると考えた。そこで、まず複数症例由来の末梢リンパ球を分離してHTLV-1ウイルスを感染させ、長期培養にても安定して増殖する不死化したT細胞の中から、PNH特有の表現形質を持つ培養株細胞を樹立した。このころ、補体制御因子が赤血球膜から欠損し補体感受性亢進を招き溶血にいたることが判明していた。しかし、欠損分子の遺伝子構造や発現に異常は認められず、また他の膜分子も同時欠損することなどから、これらの膜分子に共通する膜局在様式が注目され、いわゆるGPIアンカーの発現異常が膜異常の主因と想定された。そこで、樹立した培養細胞を用いて溶血に関与する膜異常の生化学的解明をめざして、アンカー合成前駆体であるグリセロ糖脂質を細胞内の代謝を利用して放射性標識した。これらを部分精製して構造解析を加えて生合成過程の前駆体の合成状況を詳細に調べ、アンカー基本骨格部をなす糖鎖の合成異常を検出した。つづいて異常部位を同定したところ、N-アセチルグルコースアミンの転移障害による糖鎖合成不全と判明した。同じころ、他の研究機関において独自の方法により糖鎖合成不全の責任遺伝子がクローニングされ、その結論からもわれわれの研究成果は支持されている。このようにして、現時点でPNHにおける異常溶血の分子機序のほぼ全容が解明されたと考えられる。
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