本年度の研究成果は聴覚モデルと線形予測モデルによる人工内耳の方式の研究と、人工内耳駆動のためのマルチパルス音源抽出である。初年度に開発した聴覚モデルに基づいた人工内耳の音響シミュレーションでは子音の明瞭度が格段に向上したが母音の明瞭度が低下したことを反省して、子音部については聴覚モデルを採用し、母音部については線形予測分析からフォルマント周波数と基本周波数の抽出を行いさらには有声無声の判定も行った。有声部については抽出した第1第2フォルマント周波数に対応した電極位置を選択して基本周波数間隔で逐次駆動した。無声と判定された部分については聴覚モデルに基づく昨年開発した駆動方式を用いた。この方式の音響シミュレーションによる聴取実験評価では母音・半母音・鼻音の明瞭度の顕著な改善が得られなおかつ無声子音の明瞭度も高かった。しかし、有声破裂音・有声摩擦音・有声破擦音はほとんど認識することができなかった。有声子音部は有声音としての特徴を有しているために、線形予測モデルが適用されるが、線形予測モデルによっては子音としての特徴を十分記述できないので、今後この点を改良することが課題である。一方、昨年度の研究結果から人工内耳埋め込み電極の刺激タイミングの抽出戦略が重要であると判明したが、この点に関して音声符号化方式で開発されたマルチパルス駆動音源抽出方式を人工内耳の刺激パルスの発生タイミング抽出方式に適用した実験を行った。その結果によると人工内耳における情報伝達方式固有の制限条件下においても比較的良好な音質を保つことができ人工内耳の刺激タイミング決定方式として有望と判断された。しかし、子音の明瞭度の低下は著しいものがあるので子音部の特徴記述に聴覚モデルを採用することの有望性も推察された。以上のように本研究の最終年度に当たり人工内耳の音声処理方式としてきわめて有望な研究成果を達成することができた。
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